【正論】洞爺湖サミット 木村汎 露新政権に希望的観測は禁物

 日本人は初物好きのようである。北海道洞爺湖サミット(G8)に来日するロシアの新大統領メドベージェフに対して、目下、講演やインタビューの注文が殺到しているという。

 これは、日本人の知的好奇心が旺盛なことをしめしている。そのような好奇心が線香花火に終わらないことを望みたい。新大統領は当分の間プーチン首相の厳格なる監督や「庇護」下におかれ、独自色など出しうるはずがない。仮に新機軸を打ち出すとしたら、それは少なくとも1〜2年後のことだろう。その時こそ、メドベージェフを追いかけ回すことに意味が生れる。

 実際、メドベージェフ大統領は、洞爺湖訪問前後に函館に立ち寄ることすら断った。超「多忙」が、その理由。その本音は、現ロシアの外交優先順位表において米国、ヨーロッパ、中国などと比べて、日本の地位がそれほど高くないことにあろう。

 思いだすのは、2つの異なる先例である。ゴルバチョフ・ソ連大統領は公式訪日時に長崎、京都にまで足を延ばし、自分の眼で日本の社会や文化に触れようとした。他方、プーチン大統領は、柔道愛好家との触れ込みにもかかわらず、首脳会談後そそくさと離日した。メドベージェフ新大統領は、今度の訪日に当たって、どうやらゴルバチョフ方式ではなく、プーチン方式を踏襲する模様である。

≪「リベラルさ」は選挙用≫

 日本人がメドベージェフを追いかける動機の一つは、新大統領がプーチン前大統領とは異なる内外路線をとるかもしれないとの期待があるからだろう。無い物ねだりに等しい幻想である。

 たしかに、新大統領は、前大統領に比べ2つの点で異なっている。

 まず、出自、世代、経歴、派閥などにかんして。プーチンが労働者の家に生まれたのに対して、メドベージェフは両親そろって大学教授の家庭に育った。前者(55歳)に比べ、後者(42歳)は一回り以上も若い。前大統領がKGB(ソ連期の秘密警察)勤務歴16年の典型的な「シロビキ」(武闘派)に属するのに対して、現大統領は大学講師出身の「シビリキ」(民間派)である。

 次に、思想や主張にかんしても、両人は異なっているようにみえる。プーチンのスローガンは、「強い国家」「垂直的支配」「法の独裁」であった。それに対して、メドベージェフのそれは、「法の支配」「法的虚無主義との闘い」「汚職の撲滅」等々、「リベラル」な響きのものが多い。

 しかし、芸術家や学者はいざ知らず、政治家にとって重要なのは、彼(または彼女)の出身、発言などよりも、現実の行動、とりわけその結果である。大統領就任前後のメドベージェフの「リベラル」な発言は、どうやら選挙戦や就任直後のイメージ造りが主目的の綺麗事のようである。彼が現実に行っていることは、口頭で述べていることと背馳する。ガスプロム会長としての「サハリン2」プロジェクトからの外資の事実上の締め出し、大統領就任後のブリティッシュ・ペトロリアム(BP)バッシング(いじめ)の黙認など、このことを証明する例は数多い。

≪プーチン人事を丸呑み≫

 メドベージェフがプーチンとは一味異なる政治的理念の持ち主であると仮定しよう。そのばあいでも、彼がそれを実現しうる手立てを持っていなければ、肝心要の理想も絵に描いた餅(もち)に終わる。そのような手段とは、権力基盤、経済力、人脈など。なかでも、人的手段が最重要である。

 ところが、メドベージェフ・プーチン双頭体制が5月12日に行った最初の人事を見よ。一言でいうと、それはプーチン人事以外の何物でもなかった。まず、同首相が作成した人事提案をメドベージェフ大統領はほぼ丸呑みした。次に、内閣ばかりでなく大統領府のメンバーも、プーチン側近が占めることとなった。前大統領の部下たちによって「サンドイッチのように」(オリガ・クリスタノフスカヤ談)挟まれて身動きのとれない状態のメドベージェフ大統領に新機軸を打ち出すよう望むのは、酷だろう。

 プーチン自身も、エリツィン元大統領による人事の縛りから解放されるまでに、4年近くの歳月を必要とした。プーチンは、エリツィンに比べはるかに若く健康、エネルギッシュな「シロビキ」。メドベージェフ新大統領がそのようなプーチンの呪縛から解放され、独自色を発揮するのは、少なくとも当分の間期待薄といえよう。

 我々としては「慌てる乞食は貰いが少ない」と自戒すべきだ。(きむら ひろし=北大名誉教授、拓殖大学客員教授)

20/07/03 06:12

【正論】洞爺湖サミット 木村汎 露新政権に希望的観測は禁物

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【2008/07/03 05:00】 | 政治 行政 立法 | トラックバック(0) | コメント(0)
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