【正論】加藤秀俊 「毒入り」に「科学認識」で決着を

≪誰でも同じ結果のはず≫

 科学というのはありがたいもので、ある条件のもとで、ある実験をおこなえばだれがやってもおなじ結果が生まれる。いや、実験などという特別なことをしなくてもよろしい。手にした石ころを放せば下に落ちる。老若男女、だれがやっても落ちる。ブラジルでやってもチェチェンでやっても落ちる。聖徳太子がやっても、ブッシュ大統領がやってもおなじ結果になる。これを万有引力の法則という。

 家庭の台所や浴室にある洗剤やらなにやらを使えば硫化水素という毒ガスが発生し、それを吸入すれば確実に死ぬ。それを実行してひとりが死ぬと、それをマネして自殺者が続出する。これも科学というものが普遍性をもっているからである。死ぬか死なないかわからない、というのであったら、あんなに連続自殺が成功するはずがない。

 こんなふうに物理、化学など「科学」という名の学問はどこでだれがやってもおなじ結果になるのが特色だ。ツマラないといえばツマラないが、安心といえば安心である。その安心のかたまりが現代社会というもので、そのなかでわれわれは生活している。

 そのあたりまえのことを知ったうえで、例の毒入りギョーザ事件をかんがえてみると、ことがらはきわめて簡単なようにみえる。新聞報道によると、問題はメタミドホスという薬物が薄い金属箔を貫通して食品にくっつくことがあるかどうか、という一点にあるらしい。

≪両国判断が違う不可解≫

 そんなこと、やってみればわかるじゃないの、といいたくなるが、それがよくわからない。日本がわの実験では金属箔を貫通することはない。だからもともと内部の食品に混入していた、という結果になっている。それに反して、中国がわの実験では貫通する、という。貫通するのだから、輸送途中、あるいは日本到着後に犯人が包装されたギョーザの外側から薬物をいれた、というわけ。摩訶不思議である。

 おなじ学問でもわれわれ「人文学」をやっている学者はしょっちゅう「解釈」ということで商売をしているから、おなじものをみても残念ながら結果や結論はなかなか一致しない。某所で虐殺があったかなかったか、あったとすれば死者は何人だったか、いや、そもそもその事件があったとして、それを「虐殺」というべきかどうか、意見は食いちがう。「歴史認識」というやつにいつになってもケリがつかないゆえんである。

 ところがギョーザをめぐる両国の学説はあくまでも「科学認識」の問題である。それも単純な問題である。それにもかかわらず実験結果がことなっている。とすると、どこかオカシイ。実験にあたっての条件はその温度、時間などでちがうというが、それならおなじ条件でやってみたらいい。おなじ条件でやってみて結果がことなるなら、それは「科学」ではない。マジックである。あるいはペテンである。

 こういうあたりまえのことについて、だれもなにもいわないのか。わたしには不審である。なによりも、このへんのところがあきらかにならないと食品不安はいつになっても終わらない。

≪公開の場で真相究明を≫

 そこで提案がある。どれだけ特殊な装置や設備が必要なのか知らないが、日中両国はもとより英米仏独、世界の科学者にも立ち会ってもらって公開実験をやってみたらどうか。金属箔で包んだギョーザの外側に薬品を用意し、その成分が内部に浸透するかどうか、衆人環視のなか実験してみるのである。

 このていどの実験なら大先生を動員するにはおよぶまい。物理・化学を専攻する学生ならだれだってできるだろう。それは日中学生の地道な共同研究、学術交流にもなる。なにしろこれは科学実験なのだから、どちらが正しいかといった勝負の問題ではない。真理を究明するための「科学」の問題なのである。べつだん面子にかかわることではない。

 ありがたいことに、テレビというのは実験大好き。「ためしてガッテン」その他、あれこれの番組でこれを中継すれば視聴率は確実にあがるだろう。金属箔をメタミドホスが貫通するかどうか、これこそ教育的娯楽番組。もちろん日本だけでなく全世界中継にしてもよろしい。

 そもそも科学に国境やイデオロギーがあるはずはないのだから、どんな結果がでるか、をたしかめることさえできたらそれでいいのである。それだけで関係者も消費者もサッパリした気分でその結果をうけいれるにちがいない、とわたしはおもっている。こういう問題を棚上げにして学術交流などとキレイゴトをならべるのはいささか白々しくはないか。(かとう ひでとし=社会学者)

20/06/25 05:42

【正論】加藤秀俊 「毒入り」に「科学認識」で決着を

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【2008/06/25 05:00】 | 事件 犯罪 司法 | トラックバック(0) | コメント(0)
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