産経抄
今から思えば、平成4年に埼玉県庄和町(当時)の神谷尚(たかし)町長が打ち出した学校給食の廃止は、子供の教育における学校と親の役割分担を論議する絶好の機会だった。 ▼ 町長の考えは、廃止で浮いた分を、外国人の英語指導助手を雇ったり、子供会館を建設したり、教育投資に回したいというものだ。これに対して、弁当づくりの負担をいとう母親の反発は強かった。議論がかみあわないまま、町長の急死によって立ち消えたのは残念だ。 ▼ 小紙記者が戦後史をあらたな視点からとらえなおした『戦後史開封』でも学校給食が取り上げられていた。終戦直後の食糧難のなか、学校近くの道ばたに生えている草を摘んで食材にしたり、米国の援助物資の脱脂粉乳で、学校が下痢対策に悩んだり、子供たちを飢えから守るために奮闘する教員や親たちの姿が印象的だった。 ▼ 取材班キャップを務めた皿木喜久記者によると、小学校時代、弁当の時間になると黙って教室を出ていく友達がいた。いっしょに食べられるようになったのは、給食が始まってからだ。そんな「『平等感』や『連帯感』を与えてくれた」と書いている。 ▼ 小欄はコッペパンやくじら肉が苦手だった。米飯給食が一般化した昭和50年ごろからおいしくなり、最近はカフェテリア方式も普及している。給食に対する親の意識も変わった。家計にゆとりがあるのに給食費を払わない親が増えているという。教員がポケットマネーで穴埋めする例が珍しくないというから、開いた口がふさがらない。 ▼ 教育現場の荒廃をもたらしているのは、教員の指導力の低下だけではない。親のモラルの「再生」を急ぐ必要がある。子育ての自覚を促すためにも、愛情弁当の効用をもう一度見直してもいい。 テーマ:産經新聞を読みましょう - ジャンル:ニュース ![]() |
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朝日新聞を読んでいると馬鹿になりますよ。
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